赤坂界隈

  昨日は所用で以前勤めていた会社の近くまで出かける。

  時間があったので赤坂プリンスホテル跡地開発事業の模様をカメラに。
別館

  李王家邸(赤坂プリンスホテル別館)、曳家(ひきや)工法により少し離れたところに移動。
曳家

  地下鉄丸ノ内線に乗るためよく通った歩道橋の上から、下の道路はR246。

赤坂歩道橋

テーマ : 日帰りお出かけ
ジャンル : 旅行

tag : 赤坂プリンスホテル

コメントの投稿

非公開コメント

こんにちは

 赤坂見附、懐かしいですね。
 もう 、十何年と行っていません。 
 注文服を作っていた店がありましたので、年に何回か注文と仮縫いとか、
 職人さんたちとの飲み会などでも行きました。
 正規の注文では、給料と同じくらいになってしまいますから、内職と言うことで^^

 この間も、東京プリンスホテルでディナーショウに行きましたが、昔のままでした。 
 近くのタワーなど慣れていないのでマゴマゴしますが。新しいホテルは苦手でーーー。

 

one0522さん、こんにちは。

 久し振りに出かけてきましたが新入社員の頃、昼休みに弁慶橋のたもとでボートに乗ったこと、今はほとんど姿を見なくなった黒塀の料亭などしばし当時の思い出に浸ってきました。

 oneさんにとっても思い出がいっぱい詰まった街のようですね。

 40年近く前とずいぶん変わりましたがついこの間のような不思議な気分です。

こんにちわ

田舎の赤坂は切り通しの赤い山肌からつけられましたが
今はそれを見る由もありません

右から読んでもAKASAKA
昔も今も変わらぬものは残しておいてほしいものです

とろさん、こんにちは。

 安比高原の近くには赤坂田、東京の赤坂にも近くに溜池が、どこも昔は似たようなもの?

 時代が変わっても旧いものは残してほしいです。

No title

1930年に、朝鮮の皇太子として生まれた李垠の邸宅ですね。
併合後は、日本の皇族に準じて厚遇していたんですのにね。

田舎の爺には、もう行ってみる機会もありません。(´・ω・`)

無才さん、おはようございます。

 李というと李朝時代の陶磁器を連想しますが、戦前の朝鮮と戦後の韓国との関係、何とも複雑です。

 この前にある麹町中学は弟が通っていた事もあり、思い出深い地です。
プロフィール

inkyo

Author:inkyo
FC2ブログへようこそ!

イザブログの閉鎖に伴いこちらへ転居しました。

FBは
https://www.facebook.com/kouzou.
nakamura.50

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ピッピとの想い出アルバム
ピッピとの想い出
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR